「催情記」序
序
ときひをうつさむもあさまし
春のはなのさきあへぬ
いつしかかがみのなみにおどろく
まことやきのふ(昨日)はけふ(今日)のむかし
けふあるとてもあすのことをたれ(誰)人のしらんや
ただ人はかぜのまえのともしび(風の前の灯火)
あさがほ(朝顔)のつゆにおなじ
つゐにはおひ(老)の白頭となる
なかんづく御さかり三四年にはすぎじ
いなづまのかげとまらぬは光陰
ながきうき世にうまれきて人の心をよするうちに御いたはりも候へ
としたけたればむかしこひしくなるものなり
ゆく水にことならず
ももさへづりの春はくれどもむかしにかへる秋はなし
さてこそゆく水とすぐるよはひ(齢)とちる花といづれまて(待て)てふことをきくらん
しかありながらいにしへをわすれかね
をそさくら(遅桜)はつはな(初花)よりなどといふものもあり※1
御どうしんあるとてもはだへ(膚)はたうりのなしのごとし※2
よろづむかしにかはる事ばかりにて候
人は一代名はまつだい(末代)にてあるぞとよ
しうしん(執心)ふかきものあらばあしたには白骨とならふと暮(ゆふべ)には御はなしあるべく候
思へば一寸さきはやみ
このみちはてんちかいびやく(天地開闢)のみなもといざなぎいざなみの代よりいまにすたれる(廃れる)や
いやしき(賤しき)をきらはぬものとしやか(釈迦)ものべてをかれた
いやしきになさけ(情け)へだつるものならば
しつかふせや(賤が伏屋)に月はやとらし(宿らじ)
これにつけてもわかしゆ(若衆)たらん人はぎやうぢうぎぐわ(行住座臥)※3に
ほとけ(仏)のしゆじやう(衆生)をすくはんとしよほうにのべ給ふごとくこころをくだき
人のかほもち御みつけかんよう(肝要)
あけくれ(明け暮れ)こひしゆかしとそらふく風松竹をうごかすもこれきみ(君)かとおもふおりふし向顔にあたはねば身をいたづらになつむし(夏虫)のなくばかりなり
人こそしらねくるしひの身を御たすけあらば七堂がらん(伽藍)くやう(供養)にまされり
まことにしよぶつ(諸仏)ももつとも(尤も)とおぼしめされん
いよいよばんじにつき胸中御覧じつけられ候事かんよう(肝要)のまなこ(眼)なり
かへしてもかへしてもきみをおもひ
風のそよとするも心にとまり
ねや(閨)もる(漏る)月をきみとおもひ
なみだのとこ(泪の床)にをきふし(起伏し)みちはしもなくおもひかねてひとりこがるる身などをあはれとおもえぬ御人はたまたまこの界へうまれきてことにかたちうつくしくむまれて(産まれて)いらぬもの也
鳥類ちくるひ(畜類)にはおとれり
そうして人げんはひぐわん(悲願?)の二字にてきはめた(極めた)ものなり
なつのむしのとんで火に入(いる)をばいかがおぼしめしにや
しうしん(執心)かけ申(もうす)身はおしき(惜しき)いのち(命)もきみにたてまつり
五体をわづらはし四十四のふしぶしほね身にしみわたるほどになければたれ(誰)とてもあからさまも申あげぬものぢや
このたびはかならず書状をしん上(進上)申べきと思へども向顔にあたへば一言なくそのふみをひきさき火にくべいく千まんとなくこころをなやますこそあさましけれ
それを御かはひがりなきは海棠の花香なきににたり(似たり)
第一むごき御心中あらばさたのかぎり(沙汰の限り)中々いふはをろかなるべし
※1「夏山の青葉まじりの遅桜初花よりも珍しきかな」を意識したものか
※2桃李の梨か?
※3「ざ」ではなく「ぎ」に見える