「催情記」☆人のほるる付目もと見つくる次第
☆人のほるる付目もと見つくる次第
音にききはじめて見つねに(常に)かたるあひだによらずふとこころうつり行(ゆく)事あり
たとへばいけのはちすに寝うりたるあをやき(青柳)の風にふきわけられたれば月水にうつるに同じ
そのごとくしぜんの道理天地のめぐみ血気のめぐりあひにて思ひそむる物なれば
いづれをみてほれたとも分ることなし
それによりてこそ古哥に
ひとつあるこころをきみにとどめをきて
われさへ我にわかれぬるかな
などと思ひつづけ何のむくひにや思ひそめにしことをうらみ
げにやいにしへまん□(こ?と?)がたまをとられ唐の王昭君が胡国のえびすにとられしげひら(重衡)のいにしへ月よ(月夜)にかま(釜)をとられた人の様にこころもさだかならずひとへにきみの事をのみうつらうつらとあんじ(案じ)ゆふべにはともしび(燈)をかかげひぢ(肘)をまくらとしせめてなぐさむこととてはすずり(硯)と筆をそばにをき(置き)はかなくもうつり行(ゆく)そこはかとなきよしなき事などかきつくれども
さながらそれさま(其れ様)へあぐべきたよりもなければあただしんきやいらぬものぢや
とかくひきさき(引き裂き)火にくべよとこころをわづらはしむるこそものわびしけれ
さてねや(閨)にさしこもるとてもさらにうつつにもいもねられず(寝も寝られず)なみだのまくらにおつるをと(音)
よそのきぬた(砧)かとうたがへばふけ行(ゆく)月のをとつれ(訪れ)にこそ
さ夜ふけてきぬたの音のきこゆるは
なみだなりとは月ぞしらする(知らする)
といにしへのよみし人も今身のうへに思ひしりいとどあはれに思ふ月なみだにうつるにつけてもかやうになるを思ひ出しうき世をうらみせめてかくばかり
看々一夜湖濱水(みよみよいちやこひんのみづ)
是不清波月亦淡(これせいはにあらずんばつきもまたあはし)
なさけにはいやしき袖はなきものを
もらさでやどれ秋の夜の月
まことにあじきなく思ひあかしのうら(明石の浦と思い明かすを掛けている)はれてよこ雲たなびきしののめ(東雲)のあしたにもなれば庭のおもをながめて草の上に有(ある)露だにもうら山しくも
我生不及庭前草 草是朝々雨露恩(わがせいはていぜんのくさにおよばず くさはこれてうてううろのおん)
かようのことを思ひ出し
おきふしなげき身のくずをれゆくもかくとえ申し出ぬものもあり
しかれどもふり目もとよりあらわるる物なり
ふしんにおぼしめし候はばまづ御かほのふり合にても又御目もとにても御ころしなさるべく候
さ候へばえとらへず状をあぐるか又つてにても申上候
さてやうす(様子)御聞とどけ次第に御返事有べく候
いかうふかきものは身まかり行とてもいはぬもの也
さやうのものは御見しり候てこなたより御気をつけてこそまことのみちのしごくなれ