「催情記」☆知音の内人にしられぬ次第付忍段
☆知音の内人にしられぬ次第付忍段
あまりあまりを遠々敷あるもこはひとてしるもの也
参会のときは猶とかくかまはぬがよく候か
心はやたけにたがひに下ではくさりあをふとめもとたしなみ申事ひじ也
目もとならではあらはれぬもの也
ことに乱洒などにていよいよたしなむべし
大酒のうへにてたぶん目もとを目のくろきものが見付それよりさた(沙汰)するほどに
一人二人と申ながら数百人もしり気をつくればいとくる(糸繰る)よりはやくあくめ(悪目?)見いだしよしあしのさたをすべし
あらはるれば第一わかしゆ(若衆)の大事なればねんじや(念者)もここにてよくたしなむことかんよう(肝要)なり
御わかしゆ様もそうべつ人しれぬやうこそ世にもこえめでたくかたじけなかるべけれ
あるひは風あるひはゆきしも(雪霜)の夜あるひは月にうかれやみ(闇)にまぎれしのびやかになるをとつれ(訪れ)こそ身にもあまりきえいるやうにかたじけなきものなれ
雨ふる(降る)よ(夜)なれば御かた(肩)のはしもるしづく(端漏る雫)に御すそ(裾)もぬれ御あしもよごれければ時ならぬ風呂一入さもあらねばかのものにあし(足)をあらへ(洗へ)などとおほせられ御あらはせ候こそかたじけなけれ
風吹夜はびん(鬢)のかかり御ひたひかみ(額髪)御しやうぞく(装束)にいたるまでしどろになりて御いで候こそいとうつくしけれ
ゆきしものよ(雪霜の夜)に御ざれば御小そて(小袖)御前がみ御かみのゆひめ(髪の結い目?)などにつもるしら雪をはしふてすすみ
さてひややかなる御あしをこなたへ御さし□て御手のうちに雪などを御もち候てかのもののふところへ御入候てきもをつぶさせ(肝を潰させ)それにてわれらつめたさをちと思ひしれなど御申候てさてゆたかに御ねどころ(寝所)に御ねころび候へばねんじやはもとよりおきてゐ□はん
よも山の事とも御はなし候事候こそはいかばかりうれしきものなれ
月の夜などはねんじやも月にあこがれ君の御事をのみ思ひ
なにとしてか御座候らん
月は音つるれ共君は御音信(をとづれ)もなし
こよひ(今宵)しもなどわかやと(我が宿)をとはさらむ(訪はざらむ)
月にぞみゆる人のこころは
緑髪紅顔胡地□(りょくはつこうがんこちのち□)
悲哉天命無知人(かなしいかな てんめいしるひとなし)
かねの音をなにとてむかしうらみけん
いまはこころもあけがたのそら
顔色桃花色時年十四年(かんしよくたうくはのいろじねんじうよねん)
かようの古詩百も千もおもひ出しまことにこれはかふぢやなどと思ふおりふし御たつね候へばげにやうどんげ(優曇華)みだのらいかう(弥陀の来迎)のやうに思ひいはねばこそあれ心中には百度らいし(礼し)かたじけなき事身にあまり候ものなり
やみ(闇)にはしのぶにひとしほよきもの也
月夜うらめしやみ(闇)ならよからふとむかしよりいひをいた
しかしながらうるさひはいぬ(犬)ぢやあらだてぬがよきもの也はながみ(鼻紙)をまるめ(丸め)たもと(袂)よりなげいだせばゑ(餌)かとおもふてほへぬ(吠えぬ)もの也
一の大事也そうべつおもひ入□事
かやうのおりふし御たづねにこそ御心のはたらきはあるべき事なれ