「催情記」☆御心持かんようの事
☆御心持かんようの事
おさなきも老たるもまづ人はさしあひあいらしく(愛らしく)ほぢやほぢや※1とたをやかなるこそなんぼうめでたけれ
かねていつくしき※2はそのさまいよいよまさり見事なものなり
しなくだり(品下り)かほなる人なりともこのこころもち(心持)たがはざらん(違はざらん)人にこそ人のおもひ入あるべく候
もつとも(尤も)みめかたち(見目かたち)より御こころ御なさけにこそ人はまよへ(迷へ)
ちいんによらず二三度四度御はなし候ものにてもふかきしうしんじや(執心者)とおぼしめし候ばは袖のふりあわせにもこと葉のすゑ(言葉の末)にもかたじけながるやうにあさゆふ(朝夕)御かはひがり(可愛がり)もつともに候さやう(左様)のものをすこしもぶさた(無沙汰)にする事なかれ
またものかたり(物語)なども人の様を申ならば一つ二つほども御かたりよさそふなこと葉おほければしなすくなし※3ことにもののうりかひたけぬことども御申なきやうに御たしなみ専なり
またかへつて物をいはぬもわろし御ぎんみだて(吟味立)ちからわざ御無用の事
とかく御心中には御ぎんみかんよう(肝要)ほかへいだすことなかれ
あるひはすがた(姿)よくむまれつき(生まれつき)たる人もこと葉こまやかなればそのさまいやし
みめよくても心中のあしきは三ぼう(三宝)のすてもの(捨てもの)
すがたあしくても心のよからん人こそあらまほしけれ
すがたこそ山のかせきににたり(似たり)とも
こころ(心)ははな(花)になさばなりなむ
みめよき人の心のよきはおに(鬼)にかなさいぼう(金砕棒)にて候
あすしらぬ(明日知らぬ)わが身なれどもうらみ(恨み)をかん
この世にてのみやましと思へば
うらむとも今はみしまとおもふこそ
せめてつらさのかぎりなりけれ
胸中積々千般恨 逢時□□無一言(胸中積々千般の恨み 逢ふ時□□一言無し)
花有三春約人無一夜情(花に三春の約有り 人に一夜の情無し)
※1 ふっくらとして愛らしい
※2 端正で美しい
※3「言葉多きは品少なし」口数の多い人は軽薄で品位に欠けるという、おしゃべりを戒める言葉。